2007/06/06

2, ヒマラヤ山脈上空 ~大地の乾き~

 デリーからレーへ向かう前日の夜のこと。久しぶりに会った友人と、お気に入りのインドビール“キング・フィッシャー”を呑んで、すっかり話が盛り上がってしまった。キング・フィッシャーは実際は発泡酒だから味は軽め。苦味好きな私だけど、インドビールの中では一番好きな味だ。
 久々にお酒を呑んだから、まあ勢いがついてしまい、そんなこんなで実際に寝りについたのは1時をまわってしまった。夜中の3時起床で身支度をして空港へと向かう予定だったから、仮眠程度にしか眠れない。まあ、こればかりは仕方ない。
 
 夜明け前の南デリーの街は静まり返っていた。友人の車でオートリクシャがいる所まで送ってもらい、値段交渉の末、オートに乗り換えた。レーに着いたら寒いのだろうと、それが気になって仕方なかったけど、デリーは“熱風”吹く酷暑のシーズン。どうしても厚着する気になれない・・・。飛行機を下りたら着れるようにと上着を手に持って搭乗した。

 飛行機はデリーを飛び立ってから、順調にはるか上空を飛行していた。それにしても、この寝不足状態。高山病には悪影響だということをどこかで読んでいたから、私は寝りにつくことにした。悪あがきだろうけど、少しでも寝不足を解消する為に。

 おそらく、30分くらいは寝ていただろうか。ふと目が覚めた。眠い目をこすりながら私は窓の外に目をやった。すると・・・。
 「なんだこりゃ~!」


 




眼下には見渡す限り、ただただ雪をかぶった山々が広がっていた。その美しさときたら、なんと言っていいかわからない程だった。この景色を見た私は一気に目が覚めてしまった。どっちの方向を見ても、地平線のかなたまで山しか見えない。そして、雲がうっすらと山々を覆っているのだ。到底、人が住む様なところではない雪山の山脈だけがずっと広がっていて、私はその上空を飛んでいた。
 この信じがたく、美しい景色を余すことなく目に焼き付けなければと、私は窓に顔をへばりつけて眺めていた。壮大な自然。そのスケールの違いに私は開いた口がふさがらなかった。これがあのヒマラヤ山脈やザンスカール山脈だろうか。とにかく興奮が抑えきれない。



 しばらくすると、山々にはだんだんと雪がなくなり、乾いた山肌が見えてきた。そして、徐々に飛行機の高度も下がってきて、山の表面の地層がくっきりと見えてきた。薄茶色の山の表面は乾ききっていて、一切の植物も寄せ付けないような厳しさを感じさせる。
 この山々が限りなく続くならば、人々はいったいこの山のどこに住んでいると言うのだろうか・・・。ラダックとはいったいどこにあるのだろうか。私の中には疑問すら湧いてきた。こんな乾いた大地は、はたして人間を生かしてくれるのだろうか。人間の住む環境がこの先に出現するとはとても思えないのだ。
 すると、突如として乾いた山の谷間に木々が生い茂っている部分が見えた。ほんの一部だが緑も見えた。うわっ!家も見える!まさか、こんな乾いた山々の中に人が住んでいるのか・・・。驚きを隠せない。いったいどうやって生きているんだ~!

 日本で生まれ育った私にとっては、大地の乾きというものを本能的にあまり知らない。常に雨が降り、山々には木々が生い茂り、川が水を運んでは大地を潤し、人々の渇きも潤す。これが“自然”であると認識していた。もっとも、雨季と乾季のあるインドにおいて、乾いた大地を見てきてはいた。でも、この高地のそれはちょっと違うものであった。今、私の眼下にあるのは、日本のそれのように潤った大地ではなく、あたかも乾いた山の中の小さなオアシスの様な小さな村?だった。この信じがたい光景を私はなかなか呑み込めないでいた。何故こんな土地に住んでいるのだろうか。人間なんてこの厳しい自然が相手では歯が立たないだろうに・・・。


 自然に従って生きていくということに憧れすら抱いている私ではあるが、その従うべき自然とは、時に厳しくもあるが、生きる者全てに食べ物を与え、喉を潤してくれ、しいては人の心も潤すものという“思い込み”が私にはあった。だから、このような乾いた大地を見て、はじめに感じたのは“恐怖心”であり、どうやって生きているのだろうかという疑問であった。この山々はどのようにして人々を生かしてくれているのだろうか。それが知りたくなった。

 眼下には相変わらず乾いた山々が見えるが、その山の標高は徐々に低くなってきた。そして、山々の向こうに突然、大きな平野が広がっているのが見えてきた。なるほど・・・。レーの街はここにあるのだな。確かに、ここだったら人間が生活できる大地だと思える。それにしたって、こんな巨大山脈を超えたところに、こんな盆地が広がっていて、そこに街や村があるとは、まだ信じがたいことだった。
 人間が生活できそう・・・なんて簡単に言っても、レーの街だって標高で言えば3500mはあるだろう。くどい様だが、富士山と同じくらいの標高にこんな平野部が広がっているわけだ。自然とはなんてダイナミックなんだ。私は驚きでいっぱいだった。
 
 飛行機はこの盆地に近づいたあたりで大きく旋回し始めた。平野部に見えてきたいくつかの広範囲の緑色の地帯。これは村のようだ。緑がある所とない所がはっきりしている。緑色は村で、乾いたところは誰も住んでいないように見える。
 いよいよ目的地のレーに着陸する準備に入った飛行機は急に高度を落としはじめた。一瞬気持ち悪くなる。うっ・・・。その時、比較的高い山々の谷間から裾野にかけて広がる一つの村に何故か心がが引き寄せられた。山の谷間に生い茂る木々、川や畑、家々がなんとなく見て取れる。

 「これが"ストック”だろう!」

 何故かは分からないが、その村の全容をこの上空から見たとき、私は、ここが自分の滞在する村“ストック”だろうと確信したのだった。初めて来た場所のはずなのに、何か懐かしい感じすらした。これは自分でもよく説明がつかない。美しさに魅かれたからなのか、はたまた遠い過去の記憶なのか・・・。私は、すかさず上空からその美しい地形を写真に撮った。

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