飛行機を降りた瞬間、私はラダックの大地に初めて降り立ち、初めてラダックの空気を吸った感動に酔いしれた。
あ~、インドなのに別世界。外国(インド以外)に来たみたい!
感動もつかの間、すぐに小さな空港の建物に入り、預けていた荷物が出てくるのを待たなければならなかった。ようやく来た自分の荷物を手に、ていよいよ外へ!と思っていたら、まだやることがあるらしい。何やら書類を書けという。ラダックに入るのに外国人は必ず書かされるのだろうか。私はささっと書いて荷物をかかえ出口へと向かった。
さて、私の迎え人はいったいどこにいるのだろうか・・・。
よく目を凝らして見てみると、出口のドアからこちら側に入らんとばかりにピッタリ一番前に立っていた見覚えのある青年、それがギュルメットだった。もともと大きな身体の彼は、白っぽいフカフカのダウンジャケットを着て、身体は二倍に膨れており、頭にはニット帽をかぶっている。よく見ると手にはもう一つジャケットを持っていた。彼の服装を見て、外の気温の低さが伝わってきた。そんな寒さの中を立って待っていた彼の目の前まで来た私は、開口一番笑顔でこう言った。
“ジュレー!”
私たちは再会の握手を交わした。このラダックの基本的な挨拶“ジュレー”は、おはよう!であり、こんにちは!であり、こんばんわ!であり、ありがとう、さよならでもある万能な言葉だそうだ。
彼はちょっとはにかんで微笑みながら低くかすれた声で応えた。
“ジュレー”。
南インドで彼に会っていた時は、その土地に合わせて“ナマステ~”なんて挨拶していたけど、ここはラダック。早速、“郷に入れば郷に従え”で私はモードを切り替えた。
いったい何時からこうして待っていたかと聞くと、ラダック人らしく、遠慮目に小さな声で言った。
「・・・だいたい、1時間くらい待ってたかな。遅れないようにって考えてたら早く来ちゃって・・・。」
「え~!もっとゆっくり来ればよかったのに~!」
と申し訳なく言う私に、問題ないよ、と言葉ではなく表情で応える。なんて、真面目な青年なんだ。21歳の純真な青年のおもてなしにすっかり感動していた。そして、これからしばらく、よろしく頼むぞ~!と私も心の中で言った。。
日本語で非常に使い勝手のいい「よろしくお願いします!」に匹敵する言葉はヒンディー語にはない。まして、ヒンディー語的会話や人間関係には、「ありがとう」の連発とか、「ごめんなさい」はありえない。そのヒンディー語的人間関係に私は自分を慣らしてきたつもりだが、それでも日本人である私は、必要以上にお礼をしたり誤ったりを無意識で言っているのは否めない・・・。まだまだ修行が足りない。
ギュルメットは同じ村の人からバイクを借りて迎えにきてくれていた。朝日が差込む早朝のラダックを、いきなりドライブすることになってご機嫌な私。彼が手に持っていたもうひとつのジャケットは、バイクに乗って風を切るからと、私の為に持ってきてくれていた。
“も~う、気がキク~!”と、心の中ではニヤニヤしつつも、再会したばかりの私たちはまだちょっとぎこちなく、おどける風でもない感じだった。まして、彼よりだ~いぶ歳上の私としては、若い青年を前に“大人の威厳”を保つ必要があるとクダラナイ見栄をはっていた。どうせすぐ、そんなものは崩れるのであるが。
バイクは眩しい朝日を浴びながら、風を切って走っていく。ヘルメットもかぶらないで後ろに座っている私ははじめてのラダックの景色を存分に楽しんでいた。
空港から彼の住むストックは約16kmくらいはあるだろうか。30分くらいかなと言っていたが、できれば寝不足のこの身体に温かいチャイをのませてやりたい。家まで行ったらチャイにありつけるだろうな~、なんて淡い期待をしていた。そうだ、チャイで温まりたい!
でも、この思考はまったくインド的なんだとハッとする。何故ならばここはラダック。もうバター茶の文化圏にいることを改めて思い出した。大好物のチャイは飲めないのかなぁ・・・。と、ちょっと残念な気持ちになっていた。
バイクには私たち2人の他に、私の大きなバックパッグやらお土産やらのサブバッグも上手に乗せて走らせている。ギュルメットは街を通り過ぎながら、南インドで勉強している仲間の家があったりすると、ここがTの家だとか、Aの家だとか教えてくれるので、え~、そうなんだ~!と、いちいち興奮していた。彼らは毎年帰省するなんてできない事情があるから、私ばっかりフラフラ遊びに来てしまい、申し訳ない気もしてしまった。
載せている荷物はギュルメットにまかせて、私は初めて訪れたラダックの地形を把握しようと景色に気をやっていた。ラダックの建物の様相がどんなものであるのか、人々は何をしているのか、この目でしっかりと見るために目を凝らした。
だが、街並らしい街並は正直見当たらない。商店のように見えるが、まだ開いていない。寒いし、まだ人々は起きていないのかもしれなかった。でも、インドの朝6時くらいなんて、牛乳屋の乳搾りや、新聞配達、チャイ屋、生活雑貨屋などはすでに動き出していた。それに比べたら何も動き出していない感じ。まるで西部劇に出てくる様な荒廃した街に、“ヒュ~”っと風が吹いている様な、そんな感じすらしている。緑もぜんぜん少ない。水気もない。ひたすら茶色い大地があり、そんなだだっ広い盆地の真ん中をひたすらバイクで走っていた。
飛行機から見て思ったように、やっぱりここは乾燥した厳しい大地なのか。幹線道路らしい道を走りながら、その閑散とした感じに正直驚いていた。
そんな私を察したわけではないだろうけれど、タイミングよくギュルメットは私に向かって言った。
「途中でチャイを飲んで行こう」
「OK!」
そうそう、そうこなくっちゃ。まっすぐの一本道をひたすら走っていたバイクは、今までよりも商店らしき建物が続いている辺りで右折してバイクを止めた。
この先には橋がかかっているらしい。橋の手前のこの開けた通りに、シャッターが下りている建物が何件も並んでいる。その中に2軒だけ営業中の店があった。ギュルメットは白っぽくてきれな店の方を選んで入っいく。何を飲ませてくれるのかと思ったら、ちゃんとチャイがあるという。しばらく待って出てきたチャイは、温かくて、甘くて、私の身体に染み込んでいった。
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